秋の新学期、山の分教場に見知らぬ変な子がやってきました。
この初期の作品は、その風野又三郎は子ども達には見えていますが、先生にはどうも見えていないらしいのです。
次の日から毎日、又三郎は子ども達に丘の木の下で見聞談を語って聞かせます。宮沢賢治先生が生徒達におりあるごとに風の話を聞かせたように……。
どっどどどどうど どどうど どどう、
ああまいざくろも吹きとばせ
すっぱいざくろもふきとばせ
どっどどどどうど どどうど どどう
九月一日
さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光は運動場いっぱいでした。二人の子が土手をまわって谷川の岸の小さな学校に入ってきて、まだほかに誰も来ていないのを見て、「ほう、おらたち一等だぞ。一等だぞ。」と叫びながら教室の中を見ました。
そこには帽子をかぶりマントを着たおかしな子どもがひとり、座っていたのです。二人はびっくりして棒立ちになりぶるぶる震えました。二人がとうとう泣き出しました。そこへ大きな子どもたちがやってきました。かん子が「なした?」と聞きました。いつの間にかそのおかしな子はいなくなってしまいました。
『赤毛のおかしな子』 作詞:廣畑由佳 作曲:松井学
その時風がどうと吹いてきて教室のガラス戸はみんなガタガタなり、学校の後ろの山の萱や栗の木はみんなへんに青白くなって揺れました。
九月二日
次の九月二日もよく晴れて谷川の波はちらちら光りました。学校をひけた後、子どもたちは昨日のおかしな子どもを探しにあの青山まで行ってみようと相談しました。
川を渡り丘の途中の小さな段を一つ越えて、ひょっと上の木を見ますと、あのマントを着た変な子がいたのです。
『うな誰だぁ』 作詞:廣畑由佳 作曲:松井学
又三郎が「今日もこれからちょっと向こうまで行くんだ。僕たちお友達になろうかねえ。」と言いますと、かん子が「はじめから友達だ。」と言いました。
「あした僕はまたどっかで会うよ。学校から帰る時もし僕がここにいたようならすぐおいで。僕はいくらでもいいこと知ってんだよ。えらいだろう?」と又三郎と子供達はすっかり仲良くなりました。
九月三日
一疋(いっぴき)の鷹が銀色の羽をひるがえして空の青光を一杯(いっぱい)にのみながら飛んでいます。
「又三郎さんは去年も今ごろここへ来たか。」と一人の子どもが尋ねると、又三郎はこたえました。「うん、来たよ。面白かったねえ。」「ほう、いいなあ。」「又三郎さんだちはいいなあ。」と子どもたちが口々に声を上げました。
『だから僕は鷹が好き』 作詞:佐藤哲也 廣畑由佳
作曲:松井学
九月四日
「サイクルホールの話聞かせてやろうか。」又三郎はみんなが丘の木の下に着くやいなや、こう言っていきなり形をあらわしました。みんなはサイクルホールなんて知りませんでしたから、だまっていました。又三郎はもどかしそうに言いました。「サイクルホールの話、お前たちは聞きたくないかい。聞きたくないなら早くはっきりそう言ったらいいじゃないか。僕行っちまうから。」かん子は慌てて「聞きたい。」と言いました。又三郎は少し機嫌を悪くしながら話しはじめました。
『サイクルホール』 作詞:佐藤哲也 松井洋子
作曲:松井学
「わかったかい。冬は僕らは大抵シベリヤに行ってサイクルホール(低気圧)をやったり、走ってきたりするんだ。高い所から逆サイクルホール(高気圧)をやるとよく晴れるんだ。冬ならばのどを痛くするものがたくさん出来る。けれどもそれは僕らの知ったことじゃない。あんまりサイクルホールの話をしたからなんだか頭がぐるぐるしちゃった。もうさよなら。僕はどこへも行かないんだけれど少し眠りたいんだ。さよなら。」
又三郎のマントがぎらっと光ったと思うと、もうその姿は消えていました。
九月五日
みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせて「僕は上海だって何べんも行ったよ。上海と東京を海を渡って僕たちの仲間なら誰でもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」
けれども上海と東京ということはかん子も誰もなんのことかわかりませんでしたからお互いしばらく顔を見合わせてだまっていました。又三郎はもう大得意でにやにや笑っています。
『風力計』 作詞:佐藤哲也 廣畑由佳 作曲:松井学
「僕は少しむこうへ行かなくちゃいけないから今日はこれでお別れしよう。さよなら。」
又三郎はすっと見えなくなってしまいました。
九月六日
又三郎のことはじめこそはほんとうにめずらしかったのですが、だんだん慣れてみると割合ありふれたことになって東京からふいに田舎の学校へ移って来た友達ぐらいにしか思わなくなっていました。
耕一の家は学校から川沿いをのぼった所にありました。耕一はひとり道を川上の方へ帰っていきました。道は岩の崖になったところの中ごろを通るので、ずいぶんたびたび山のくぼみや谷にそってまわらなければなりませんでした。
『風のいたずら』 作詞:廣畑由佳 橋本佳代子 小田早苗
作曲:松井学
耕一はとうとう泣き出しました。ちょうどその時むこうでははあはあ笑う声がしたのです。
九月七日
次の日は雨もすっかりあがり晴れました。日曜日でしたから誰も学校に出ませんでした。耕一は昨日又三郎にひどい悪戯をされたので、どうしても今日会ってうんとひどくいじめてやらなければと思ってかん子を誘って学校にやってきました。
又三郎の方でも丘の横の方から何か非常に考え込んだ顔をして、ねずみ色のマントを後ろにはねて腕組みをして二人の方へやってきました。
「又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎は「おや、おはよう。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。「日曜でさ。」かん子が言いました。又三郎が「ああ、今日は日曜だったんだね。僕すっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日がまた日曜なんだね。」というと、かん子は「うん。」と答えました。耕一はぷりぷり怒って「うわぁい、又三郎、うななどぁ、世界中に無くてもいい。」と言いました。すると又三郎は笑いながら「昨日はずいぶん失敬したね。」とあやまりました。
『風など世界中に無くていい』 作詞:佐藤哲也 廣畑由佳
作曲:松井学
「僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日まで、昔はその頃ほんとうに僕たちは怖がられたよ。けれど、葉のひろい木なら丈夫だよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかってもなかなか倒れやしない。それに林の木が倒れるなんかそれは林の持ち主が悪いんだよ。木を切る時はね、よく一年中の強い風向きを考えてその風下の方からだんだん切っていくんだよ。林の外側の木は強いけれど中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのことを悪くいう前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。」
耕一もすっかり機嫌を直して言いました。「又三郎、おれぁあんまりごしゃで悪がだ。許せな。」すると又三郎はすっかり喜びました。「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子どもだねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、もし僕がいなかったら病気も湿気もいくらふえるか知れないんだ。」「じゃ、さよなら。」と言って又三郎はもう見えなくなっていました。
九月八日
子どもたちが学校をひけた後、野原へ行きます。放し飼いにされた馬を追ううちに馬が土手の外に出てしまいました。一人の小さな女の子が馬を追いかけているうち林に迷いこんでしまいました。
『又三郎と子どもたち』 作詞:松井洋子 作曲:松井学
九月九日
たいへん良い天気です。空には霜の織物のようなまた白い孔雀の羽のような雲がうすくかかっています。「一年中旅行さ。旅行ったって僕のはうろうろじゃないや。かける時はきぃっとかけるんだ。赤道から北極まで大循環さえやるんだ。」
『大循環の歌』 作詞:佐藤哲也 作曲:松井学
九月十日
「どっどど、どどうど、どどうど、どどう、
ああまいざくろも吹き飛ばせ、
すっぱいざくろも吹き飛ばせ、
どっどど、どどうど、どどうど、どどう、
どっどど、どどうど、どどうど、どどう。」
先頃(せんごろ)又三郎から聴いたばかりのその歌をかん子は夢の中できいたのです……。
『二百二十日』 作詞:佐藤哲也 廣畑由佳 松井洋子
作曲:松井学
空では雲がけわしい銀色に光りどんどんどんどん北の方へ吹き飛ばされていました。かん子は早く学校へ行ってみんなに 又三郎のさようなら を伝えたいと思って学校へ急ぎます。